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理想の移住を考える
首里金城町の石畳。首里城から放射状にのびる公道の一つとして造られる。現在でも沖縄で建築資材としてよく使われる琉球石灰岩を使用

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先史時代(〜9世紀頃)
 その昔、沖縄の人々は雨風をしのぐために仲泊遺跡(恩納村)のような岩陰や洞穴などで暮らしていたことが分かっています。こうした自然を利用した住まいのほかにも、竪穴式住居などがあります。地面を掘り下げて床面とし、その上に草などで屋根を葺いた竪穴式住居は、廃虚になると土に還るエコロジー住宅のルーツと言えるかも知れません。
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仲原遺跡(与那城町)の竪穴式住居



グスク時代(10〜12世紀頃)
 住まいに木材が使われるようになったのはグスク時代。沖縄の古歌謡によると、ムラの権力者按司(あじ)は、角材の柱を礎石にすえ、壁は竹を編み、床には藁や竹を敷き、屋根は茅葺きという穴屋(アナヤー)を住まいにしていました。庶民は草葺きの掘立小屋に住んでいたようです。
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本部の民家(海洋博記念公園内郷土村)の穴屋式住居



琉球王朝(13世紀〜19世紀)
 首里や那覇などでは士族を中心に貫木屋(ヌチジャー)の瓦葺きが建てられるようになりました。貫木屋は、柱に貫孔をあけ、貫を通しクサビで締め固める木造建築で日本建築の影響を受けています。しかし、首里王府によって木材伐採が禁止されたり、身分により敷地や家屋の大きさ、瓦葺きが制限されたため、庶民が貫木屋を建てることは許されませんでした。
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中村家(北中城村)



近代(19世紀後半〜戦前)
 建築制限がとかれた1889年以降には、庶民でも貫木屋の赤瓦葺住宅を建てられるようになりました。直射日光を防ぐため軒を低くし、台風対策として赤瓦を漆喰で塗り固め、石垣や生け垣などで屋敷を囲うなど、伝統的な沖縄の民家は台風や暑さへの配慮が施されていました。石垣や赤瓦の民家が並ぶ竹富島では、当時の面影を残す沖縄らしい風景を見ることができます。
赤瓦葺住宅
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竹富島の家並み



近代(19世紀後半〜戦前)
 戦後復興住宅として米軍政府によりツーバーフォー工法の規格住宅が造られましたが、応急住宅だっため長くは持ちませんでした。一方、コンクリートでできたモダンな外人住宅は台風の心配もなく沖縄の人々の憧れの住宅でした。やがて米軍施設の施工を通して建設技術を習得した業者により、沖縄の気候風土に適した鉄筋コンクリート造の住宅が登場したのです。
鉄筋コンクリート造住宅
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外人住宅


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